小さな贈り物から、人生の味わいを思う
先日、退院した叔母からお菓子が届いた。
私には、実の親よりも深い繋がりを感じる人が五人いるのだが、彼女はそのうちの一人だ。
高齢での開腹手術に心配していたけれど、
電話の向こうの声が思いのほか元気そうで、ほっとした。
茶封筒を開けると、アーモンドマイスターのお菓子が出てきた。

包装紙の配色と手書きのタッチがあまりに素敵で、
可愛くて、破けない。
お菓子である以上、食べられる運命なのに。。
「叔母が送ってくれたお菓子」だと思うと、
そのものはいくらでもあるとわかっていても、
破ったらこの状態には戻らないことに、躊躇してしまう。
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そんなことを感じながら、想いは派生して。
「後悔しない人生を生きよう」 そんな言葉をよく聞くけれど、
私は後悔することこそが人生であり、
喜びも、悲しみも、惜しむ気持ちも、切なさも、 すべては学びのために訪れると思っている。
生きる限り、 生きづらさは消えない。
だって、それこそが“生きている”ということ。そんな風に思う。
後悔は「生」の醍醐味。
無くすものではなくて どう自分の一部として受け入れるかなのだろう。
さて、妄想はこのくらいにして。
中のお菓子は、きっと間違いなく美味しいはずっ!
ありがたく、いただきまーす(^^♪

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