
好きなアーティストのファッションや、そのキャラクターに憧れることってある?
私はパラモアのヘイリーちゃんが大好きなんだけど、服装やヘアカラーに彼女らしさが溢れていて、ステージのパフォーマンスも自分を開放していて素敵だなって思う!
他にも「いいな」と思う人はたくさんいるけれど、共通してるのは、
“目一杯オープンにして、堂々と生きている”ように感じるってこと。
「そんなふうに生きてみたい!」
「変わりたい!」
私は“誰かになりたい”んじゃない。
ただ、もっと「自分を生きたかった」だけなんだって。
そう思うと、熱い気持ちと一緒に恐れが湧いてきた。
???
一体何に恐れているんだろう。
”変わりたい”ってどんな意味があるんだろう?
そうやって見つめていくと、今の自分を否定する私が居た。
- 人と仲良くなりたいけど、一緒に居ると疲れてしまう自分が嫌
- 人前でもっと表現をしたいけど、怖気づいてしまう自分が嫌
- おしゃれを楽しみたいけど、お財布を気にしてしまう自分が嫌
- 心に正直に振る舞うと傷つく人が現れる。そして、心を押さえて振る舞えば、何を考えているのかよくわからないとか、もっと爆発した方がいいと言われてしまう。そうやって人の言動に翻弄される自分が嫌。
もっとたくさんあるけれど、
まぁ、そんな感じのことが出てきた。
なるほどね。
その生き方をするってことは、自分が「よくない」と思ってる部分に向き合うことだから怖いんだ。だから避けてるんだ。
こうやって書き出してみると、感じている恐怖と問題のギャップを埋められる。
まとめると、「関わること=奪われる」ってどこかで思っているみたい(笑)
それは、気力、体力、お金…いろんなものを。
だから自分を守ろうとする気持ちが恐怖となって出てくるんだ。
「私らしくいること」と「傷つかないこと」を、天秤にかけてたのかもしれない。
どっちも大事だけど、私は“守ること”に重きを置きすぎてたのかも、って気づいた。
でも、もうそれは手放したいとも感じてる。
う~ん。
幼少期にそんな経験あったっけなぁ~??
思い返してみると、
幼いころから「グズ!」「のろま!」なんて言われて、そのたびに「せかされる」「型にはめられる」感覚が嫌だった。
あれはたぶん、「自由を奪われる」って感じだったんだろうな。
その感じととっても似てる。
人前に出たり、人と関わることって、私にとってはただの行動じゃなくて“存在を差し出す”感覚に近いんだと思う。
だからこそ、誤解されたり、評価されなかったり、境界があいまいになることが怖い。
もう、めちゃくちゃマイペースなんだ、私は。
そう思うと、この恐れる気持ちって、まるで「いつ敵が来るかわからない」って、ガチガチに守ってる状態。不安の感覚からすると現れたものは全て中まで攻め入ってくると思い込んでる気がする。
いやいや。
守ってるのに攻め込まれると思ってるって、防御力ゼロ想定かよ(笑)
もう。ここまで気づいたんだから対策できるでしょ。
はい!私は自由を愛する究極のマイペース人間です!
それでよし!
自覚していたつもりだったけど、嫌な思いもしてきたからすべてを受け入れてはいなかったんだろうな。
今の自分がダメだからと否定をしたり、解釈を変えてポジティブな側面を見出すことでもない。
「そういう私がいるんだね。OK!」って、ありのままを受け入れて、じゃあそんな私はどうすれば心地いいと感じる状態になれるかを探して維持していく。それが結局、憧れていたオープンな状態を作り出すんだと思う。
そうやって受け入れながら過ごしていくことで、振り返ればそれが「変化」になっているんだろうなって思ったよ。
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