『プロ志望じゃなくていい』”声が嫌い”でボイトレを始めた話

本当の私と、押し付けられるイメージの狭間で

突然ですが、

あなたは、自分の「声」をじっくり聴いたことがありますか?

それはどんな印象でしたか?
明るい感じ? 優しい感じ? 太い声? それとも、かすれた感じ?

私は中学生の頃、カセットテープに録音した自分の声を初めて聴いたとき、
『もごもごしていて、低くて、全然可愛くない』
そう感じて、とてもショックでした。
自分の中で響いている声は、もっと高くて可愛らしいと思っていたからです。

当時の私は家庭環境もあり、「母を守る存在」であろうと必死でした。
心の中で、自分を母にとっての「強く頼れる男の子」のような存在として構築していました。

そんな私に対して、周囲から勝手に押し付けられる「女」という役割。外見から勝手に抱かれる「か弱そう」「女の子らしい」といったイメージを押し付けられるたび、虫唾が走るような嫌悪感に襲われていました。それは自分のアイデンティティ(母を支える強い自分)を脅かす「異物」だったのです。

「自分」を守るために、声を武装した

この出来事は、私から「女性らしさ」を切り離すきっかけになりました。

こんな声で「女の子らしい言葉」を使うなんて、気持ち悪い。
そう感じるようになってからは、服装や選ぶ色も、いわゆる「男の子」が好むものへと変わっていきました。カラオケで歌うのもアイドルの曲なんてもってのほか。歌うのは、もっぱら男性ボーカルの曲ばかり。

生きるために「女性性」を「弱さ」として否定しながら、外側と内側がちぐはぐなまま大人になった私にとって、見た目というフィルターを介さずに、音そのもので真っ向から自分を評価してもらえる音楽の世界は、私を「私」として扱ってくれる場所でした。

音楽が、私を「私」に戻してくれた

それからの私は、もっとうまくなりたい。
あのアーティストの曲を私も歌えるようになりたい。
そう思い、技術を求めてボイストレーニングに通うようになりました。

少しずつ声域が広がり、声にさまざまな表情を見つけていくたびに、
新しい自分に出会えたような気持ちになっていきました。
まるで、もう一度自分と手を繋ぎなおすような感覚です。
「これが私」と言い切れる強さがほしい。
周りに左右されない自分になりたい。そんな思いが先行していたけれど、
心の深い部分ではただ、
重荷をおろした自分で、自由に表現したかっただけなのだと、今は分かります。

どこまで行けば、すべての自分と手を繋げるのでしょうか。
これは終わりのない旅かもしれません。
それでも、見つめ続けていたい。
そんな気持ちで、今も音楽と向き合っています。

声は、あなたを解放するためにある

かつての私にとって、声は「自分を守るための武装」でした。
ですが、今の私は知っています。
声は自分を縛るものではなく、自分を解放するためのものだということ。

「ボイトレってプロを目指している人が通うところでしょ?」 とよく言われたりすることがあるけれど、そんなことないです!(笑)
私のようなきっかけでレッスンを始めても、全然大丈夫♪

「自分の声が嫌い」
「本当の自分と、出している声にギャップがある」
「周りのイメージに合わせた声を出して、正直ちょっと疲れている」

私のレッスンでは、特にそんな違和感を抱えている方に寄り添っていきたいと思っています。
単に歌が上手くなることだけを目指す場ではなくて、 見た目や役割に縛られない「音」を一緒に探していく。 そんなボイストレーニングがあってもいいし、私のような理由で歌を始めてもいい。

自分のためだけの時間を一緒に過ごせたら嬉しいです。

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